プロフィール

Profile

fjコンサルタンツ

経営コンサルタント

藤原 毅芳

Fujiwara Takeyoshi

見た目はソフトだが、コンサルティングの現場では、鋭い対話型で進めるため、その成果には高い評価を得ている。「見えにくい課題の発見力をベースに、刺激を与え、人材成長と組織発展を成し遂げること」がモットー。

大学卒業後、住宅、建築、不動産の世界で営業を10年間経験する。
ゼロベースで事業構築するためのマーケティング、企画、バックヤード構築を体験。
新規開拓に関しては全国をフィールドとした販売展開に携わる。
面談した経営者、トップセールスマン、クライアントの数は2万人を越える。
その後、顧客管理の運用支援コンサルティングに従事。
コンサルティングを行う企業の数が増えるに従い、全体最適を行う経営コンサルティングの道に進む。
現在は経営コンサルタントとして活動しながら社外取締役として数社の経営にも携わっている。

2007年 『営業は説明するな!』をソフトバンククリエイティブより出版。
2007年 『発想術』を秀和システムより出版。
2008年  台湾にて『営業は説明するな!』が翻訳出版される。
2017年 『図解でわかる! 回せるPDCA』を秀和システムより出版。

Interview
インタビュー目次 営業から経営コンサルタントへ ブレークスルーのきっかけ 結果を出すプロセス 目線にあわせて、徹底的に

※以前にインタビューされた時の記事を、詳しいプロフィールの代わりとして転載します

営業から経営コンサルタントへ

10年間の営業経験で得たもの

──経営コンサルタントの前に営業を経験されてますよね?

ええ、営業を経験してからコンサルタントの世界に入りました。
トータルで10年間、営業をしていたことになりますね。

──どんな経験をされたのですか?

建築業界の営業です。
住宅販売にはじまり、不動産、建築資材の新規開拓営業を経験しました。

また、営業といっても、ただ売るだけでなく、集客からバックヤード構築まで、すべてを体験できたのは大きいです。
たとえば、集客では顧客リストを集め、DMを自ら作成し、新規開拓に徹しました。
他にもWeb構築からリーフレット作成、カタログ編集まで携わっていたのです。

たまたま配属された営業所の集客が極端に少なかったので、緊張感を持ちながら取り組みましたね。

バックヤード構築では営業アシスタントのノウハウをマニュアルにし、営業スタッフが事務所にいなくても、見積提出、出荷、資料請求、サンプル請求まで対応できるようになりました。このおかげで、月曜日から金曜日までずっと出張していましたね。

ただ、構築までの道のりは長かったです。
バックヤードが完成するまでは失敗の連続で、1年以上かかりました。
ノウハウをつくり、人に教えていく手間と時間を理解した時期だと思います。

振り返ると、こんなに幅広く経験することは、稀ですよね。とても感謝しています。

──具体的に営業活動は、どのような内容だったのですか?

特に、新規開拓がメインだったこと、全国展開の起ち上げプロセスに携わることができたのは、幸運でした。

住宅営業では、お客様がエンドユーザーの方ばかりなので、さまざまな業種のお客様とお話しすることができましたね。
企業によって年収の差がこんなにあるのか、と実感したのもこの時期です。

また、住宅の場合は住宅ローンを組むので、家計における貯蓄額も知ることができ、どんな世帯が、どのような消費、ライフスタイルをしているのか、リサーチしていたことになります。

これが、今になって広い視野で世の中を見ることことにつながっています。

建築資材の販売では、全国展開の起ち上げ時の新規開拓が中心でした。
お客様は、法人。しかも既存の流通ルートを使わず直接取引のみで開拓し広げていったのです。1社1社を個別に開拓していました。
企業の規模も様々なので、決済プロセスが企業の大きさによって違うことを実感した時期です。

この時、短いプロセスで新規開拓できるノウハウを見つけ出しましたね。
営業プロセスにも重心があるんですよ。
そこを押さえれば、だれでも結果を短期的に出せることが理解できたのです。

それと、このころから出張族になりました。
サンプルを持って、アポイントをいただいた企業に訪問していきました。
ある地域は、そのころから数えて100往復した場所もありますよ。

この時の、何もないところから(ゼロベースから)新しく売上をつくりあげていく体験が今となっては大きな糧になってます。

経営コンサルタントになってぶつかった壁

──どうして、そこから経営コンサルタントに?

学生時代から読書が好きなのですが、仕事をするようになってから経営コンサルタントの方の本をよく読むようになっていたのです。

そこから、経営コンサルタントにチャレンジしてみたい、という意識が出てきたわけです。

実際コンサルタントになってみると、経営があまりにも広い範囲を網羅しなければならないことに気がつきました。部分的に改善しても限界がすぐ来るのです。

部分最適では結果が出ない、というセオリーを体験したわけです。

ブレークスルーのきっかけ

部分最適の限界

──部分最適の限界とは?

たとえば、営業組織の強化を行っても、ある程度までは実績が出ますが、その先に限界がきてしまうのです。

営業部門は重要な部署ではありますが、経営は営業部門だけで成立しているわけではありません。経営層、他部署が表、裏で連動しているわけです。

すべてを網羅しながら全体最適を行わなければならないのです。
そこに、気付かされたわけですね。

課題の捉え方を狭い範囲ではなくて、広げた地点で見つけていくことに気がついたのです。

──どうしてそこまで気が付かれたのですか?

経営は失敗が許されないじゃないですか。
結果を出すことが当たり前の世界。『結果がすべて』なのです。
そのスタンスで臨んでいたので見えてきた世界があったわけです。

ただ、最初は何をどこから取り組んだらいいのかわからなかったのも事実ですね。
あまりにも課題が多すぎて。

経営には優先順位がある

──課題の多さに埋もれず、そこからブレークスルーしたのは?

課題解決を学べば、ある程度コンサルティングができると思っていた時もありました。

しかし、課題解決を数多く研究し、課題をただ単に見えているところから解決することでは大きな結果にはつながらないことが分かりました。

先ほどの部分最適の話と同様、複数の課題が連動していたり、これまで見えなかった課題が顕在化してきたり・・・それに、そもそも課題全部に対して一度に解決することは不可能じゃないですか。物理的に。

そこで、
「そうか、課題を解決する順番があるんだ」
という経営の優先順位に気が付かされたのです。

──優先順位に必要なものは何ですか?

「視野の広さ」と「結果」が比例することに着目しました。

単に優先順位と言っても、見えている範囲が狭ければ、まちがった診断を下してしまうことになるわけです。
まちがった診断では、表面的な傷口にフタをすることはできても、根本からの完治はできません。また、再発してしまうのです。

狭い視野では、表面的な解決で終わってしまうんですね。

──表面だけの解決では問題が先送りに?

そう、先送りしてしまうのですね。

こう考えてみてください。
身体の調子がわるいとき、病院に行きますね。
専門家である先生が診ると自分で気がつかなかった部分まで発見してくれるじゃないですか。

だから病気が完治するわけです。
専門家の方が視野が広く、根本まで見抜くことができるんですね。

結果を出すプロセス

どの業界・規模の会社でも結果が出るようになる

──経営の原則と優先順位に気がついてからは?

どの業界、どんな規模の会社でも結果が出るようになりました。

経営のゴールを軸にして、広い視野で課題を見つけ出し、そこから、経営の優先順位でスッキリ整理をし、経営の計画を立てるわけですね。

──そのあとは?

後は実行。

実行とは組織を動かすこと。
ひと言で言えば簡単ですが、ここも奥が深い。

常に感じているのは、組織を動かすには、人を変えるしかない、ということ。
理解を深め、考え方を変え、時には性格も変えてしまう。

そこまで、やらなければならないと思っています。

テーマは「人を変えていくこと」

──そこまでですか?

そうですね、根底には、どんな人にも能力は備わっている、と信じています。

だから、私から諦めることはないですね。しぶといです。
どんなに手間と時間がかかっても「人を変えていくこと」をテーマにしています。

──何時間でも?

ええ、そうです。ここは、効率がわるいですね。

この部分においては、最も効率のわるいコンサルタントだと思っています。

目線にあわせて、徹底的に

組織力を上げながら成長戦略を描く

──最近は?

現在は、業種を問わず、全国のクライアントのところに出向き、経営の現場と向い合っています。

──どんな方が多いですか?

事業承継された経営者、今後、事業承継を予定されている経営者からの依頼が増えています。

組織力を上げながら成長戦略を描いていくことが中心になっています。

──最後に、信条としていることは?

クライアントから次のようにお礼を言われたことがあります。

「コンサルタントはたくさんいますが、藤原さんほど私たちの目線にあわせてくれて、徹底的につきあってくれるコンサルタントはいません」

この中の言葉「目線にあわせて、徹底的に」が私の信条となっています。